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卒業おめでとう
2010年03月25日 (木) | 編集 |
 ◆ 今日は卒業式、6年生の晴れ姿

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登校して、思い出の教室でくつろぐ6年生
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最後の出席をとります5年生が、胸花をつけにきてくれました。
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  卒業生の胸にお花をつけてあげました。

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いよいよ卒業式 6年生の入場です5年生の演奏にあわせて
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入場しました卒業証書授与
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記念品の筒に入れていただきました式辞・・・自分の時間を精一杯生きること
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真剣に聞く 卒業生別れの言葉 と 歌声が響きます
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5年生贈る言葉、そして卒業生と一緒に合唱6年生の退場 大きな拍手に包まれました
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記念撮影 6-1

記念撮影 6-2

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雨だったので廊下で歓送をしました。 

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さようなら 中学校でも元気でね   

※ 続きに式辞を載せました


         卒業式式辞
 
卒業生のみなさん、ご卒業おめでとう。

 本日の、この卒業式には、
 多摩市教育委員会学校教育部長 小池 和行 様をはじめ、日頃、お世話になっている地域の皆様、たくさんのご来賓の皆様にお運びいただきました。まことにありがとうございます。
 
 また保護者の皆様には、六年間、ご指導、ご協力をいただき、ありがとうございました。今日は我が子の晴れ姿が一段とたのもしく見えたのではないでしょうか。卒業証書を立派に受けとる我が子の成長した姿に、幼い頃からの思い出をめぐらせてくださったことと思います。 
 
そして五年生のみなさん、これからはみなさんが最高学年です。何事にも真剣にとりくむ頼もしい六年生の姿を目に焼き付け、後をしっかりと引き継いでください。
 
さて、卒業生のみなさん
今日は、みなさんに「無限の可能性」についてお話ししたいと思います。

 私は、かつてある人から「先生は子どもの可能性は無限だと思いますか」と聞かれたことがあります。私は「はい、そう思います」と答えたものの、
「本当にそうでしょうか?何歳になっても、障がいがあっても、病気でベッドから起きられなくても、数ヶ月先までの命だったとしても無限でしょうか。」
とたたみかけられました。

 私はじつは、小学生の頃、病気で学校を休んでばかりだったので、体が弱い子が行く養護学校(特別支援学校)に行き、そこを卒業しました。また、教師として最初に勤めたのが知恵遅れの子が通う養護学校(特別支援学校)でした。
 そんなことがあったので、「誰にとっても可能性は無限でしょうか」という質問に考え込んでしまいました。
 
みなさんは、どう考えますか。その答えのヒントのいくつかは、実はみなさん方が書かれた卒業文集の中にあるのです。
 FNさんは、八ヶ岳でキャンプファイヤーの係でした。ゲームの説明をして、みんなが楽しそうにゲームをするのを見て、すごく嬉しかった、みんなの喜ぶ顔を見て自分まで楽しくなりました。と書いています。
 
 HK君は、車山ハイキングで転んだ子に「大丈夫?」と声をかけたら、「ありがとうと」言ってくれたので僕は元気が出ました。「大丈夫?」という言葉をいうと、自分にも返ってくると言うことを知りました。と書いています。

 SR君は運動会の応援団長として感じたこととして、みんなを一つにすることはこんなにうれしいことなんだと、・・
 
 またYYさんは音楽発表会で、一つひとつの楽器がきれいな音を出すことで、みんなが一つになったとき、大きな音楽になった感動を書いています。
 
 どうですか。可能性の一つ目のヒントは、一人の力は小さくても、みんなの力を合わせればできること、そして二つ目は、周りの人に喜びを与えることが、自分の喜びになるということです。
  
 次に、将来の夢を書いた人もたくさんいました。
 ARさんは、犬の服のデザイナーになって、お客さんが満足して帰れる服を作りたい、
 
 EMさんは、パン職人としてお客さんが食べておいしいと笑顔になれるようにしたい、

 OKさんは、薬剤師として、アトピーや後遺症で悩んでいる人のために役立ちたい、
 
 NR君は芸能人になってテレビを見ている人を笑わせて楽しい気分にしてあげたい、

 KY君もツアーコンダクターとして、外国の人に日本の良さを伝えて、お客さんを楽しませたら僕も嬉しいと書いています。

 私が感心したのは、みなさんが、自分の夢を、誰かの役に立つこと、人を喜ばせることに結びつけていることです。
 

 皆さんの中には、もしかしたら将来オリンピックでメダルを取って何百万人の人を幸せな気持ちさせる人もいるかもしれません。そうなったら、すてきですね。

 IK君は書きました。これまで野球をやらせてくれたお父さんやお母さんに感謝の気持ちを伝えるために、プロ野球の選手になって、野球のプレーで恩返しをしたいと。

おうちの方は、きっととてもその気持ちが嬉しいことでしょう。

 そうなのです。幸せな気持ちにする相手は人数の多い少ないではないのです。たった一人でもいいのです。あなた方の存在が、あなた方の喜びが、大切な人を幸せにする、その人の幸せがまた自分の喜びになる、そういう可能性には広がりと深さがあります。

 そして、その可能性はみなさんがだれもが持っているのです。しかもその可能性は無限なのです。

 ところで「たった一つの宝物」という本があります。平成四年秋、一人の男の子が誕生しました。
 
 生まれた季節の「秋」と、お父さんが好きな「雪」を合わせて加藤秋雪と名付けられました。
 ・・・でも、産まれて一ヶ月、ダウン症という障がいと心臓病で、お医者さんから一年しか生きられないと告げられました。
 風邪を引かせたら最後だといわれ、いつも気をつけていました。

 やがて、お医者さんから言われていた一年が過ぎました。秋雪くんは元気でした。

 秋雪君は、何を見ても、何をしても嬉しそうでした。、いつも嬉しそうな秋雪くんといると お父さんもお母さんも楽しくなってきて、秋雪くんといっしょにいられることが幸せでした。

 あなたと会えて、ほんとに良かった。嬉しくて、嬉しくて、言葉にできない・・ そこで、お父さんとお母さんは、秋雪くんとの日々をたくさん写真に撮りました。

 秋雪くんは元気に育ち、雪の大好きなお父さんとスキーにも行きました。
 幼稚園の運動会でみんなとかけっこもしました。
 
 ・・・しかし、とうとう小学校に入学する前に、秋雪君の命はつきました。
 お父さんとお母さんは、秋雪くんと過ごした日々の記録を本にしたのです。

 それが「たったひとつの宝物」という本です。
 秋雪くんの家族や友達と一緒の写真はテレビのコマーシャルにもなりました。

 ではその、たったひとつの宝物とは何でしょうか。みなさんはどう思いますか。

 ご両親はこう書いています。自分の時間をしっかりと生きること、ただ精一杯生きる、秋雪と過ごした六年の日々、あなたに出会わなければ知らなかったこと、ありがとう・・・と。

 秋雪くんはもうこの世にはいませんが、今でもご両親や世の中の人に生きることのすばらしさを伝えています。

 みなさんは、じつは、そこにそうしているだけで、誰かを幸せにしているのです。みなさんが自分の時間を一生懸命に生きることの中に、無限の可能性があるのです。みなさんの成長が周りの人に幸せを振りまいているということを忘れないでほしいと思います。

 生きていることのすばらしさ、自分の喜びが人をも幸せにする、そんなみなさんの可能性をこれからも、ぜひ追い求めていってください。

 
 さて、ここに座っている私の自慢の卒業生を送り出せることは、聖ヶ丘小学校の誇りでもあります。
 
 しかしそれは、地域の皆様方、保護者の皆様方、関連機関の方々のこれまでの大きなお力添えがあったからこそです。心よりお礼を申し上げます。
 

 卒業生のみなさん。くれぐれも健康で、何事にも精一杯努力し、悔いのない青春を送ってください。

これを持ちまして私の式辞と致します。


                       多摩市立聖ヶ丘小学校 校長 清 水 義 路

  平成二十二年三月二十五日

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