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PTA運営委員会 & 学校保健委員会
2008年07月10日 (木) | 編集 |
◆ 午前中にPTAの運営委員会がありました。また、午後は学校保健委員会でした。

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PTA運営委員会開始前のひとときです。
10時から11時半まで話し合いが持たれました。
運動会のPTA競技は「ビニールシートの上のボールを送るゲーム」に決めました。

その後、担当ごとの打ち合わせをしました。

学校医の先生方4名、地域の方7名、PTA会長とPTA保護者のみなさん10名、校長、副校長、養護教諭の計24名で行われました。
学校医の先生方から子どもたちの健診の受け方のマナーが年々よくなっているとのお褒めの言葉をただきました。健診の結果も、内科、歯科、眼科、耳鼻科とも良好でした。養護教諭から、保健室への来室の様子、病気、けがの統計資料について説明がありました。


午前午後と連続して会合に参加された方もいらっしゃいました。お忙しい中、お疲れ様でした。
学校保健委員会後、地域の方もPTAからの参加が多かったので、とても喜ばれていました。
今、学校と保護者、地域の協力関係がとても良い状態だと話されていたのが印象的でした。

PTA運営委員会での挨拶を続きにアップしました。


 



「教職員の仮装はそよう」 そのわけは

 

 前回の運営委員会でPTA競技で、「先生方に仮装をしていただけたら楽しいのですが」という声が寄せられました。

 別に問題はなさそうに思えます。「いいですよ。」ということは簡単です。2年前までは行われていたことです。でも、昨年からお断りすることにしています。それには、学校づくりに向けての私の考えがあるからなのです。


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今日は、そのことについてお話しさせていただきます。

実は数年前までは、聖ヶ丘小学校は高学年を中心になかなか教師の指導が通らない困難な時期がありました。

教職員は必死に頑張っていたのですが、それが成果としてなかなか表れないことから「先生たちの元気な姿が見られない」という声もあったそうです。

そこで当時、教職員も心をひとつにして明るく元気に頑張っている姿を形として表そうと、運動会で仮装してPTA競技に出ることにしました。

これはこれで、その当時としては保護者と心を通わせる方法として意義があったことだと思います。


しかし、今、学校は変わりました。

教職員、保護者、地域ががっちりと手を結び、落ち着いた学校、子どもたちが前向きに頑張る学校へと前進してきました。

もう運動会やPTA総会で教職員がパフォーマンスをしたり仮装をしたりするなど道化役をする必要はないと考えるのです。

確かに、教職員のパフォーマンスや仮装によって、保護者や児童にとって教師がより近い存在に感じられるということはあるでしょう。

しかし今の聖ヶ丘小学校には必要ないことだと思います。


実は、教師が保護者や地域の方に娯楽の種を提供するということはちょっと危険な一面も持っています。

気に入らないことがあって、パニックを起こした子がいるとします。

暴れる子を教師が一人で抑えるのはなかなか大変なことですが、小学生なら何とかなるでしょう。中学生だったらどうでしょう。

してはいけないことを「いけない」と教え、やめさせることは、教師に何らかの権威がなくてはできません。

そうでないと子どもは言うことを聞きません。

子どもを納得させ、前向きに行動させる力、それは教師の知力、体力、気力、豊かな人間性など、子どもをうならせる「なにか」だと思うのです。

そういう点で、1対1の関係では、教師は子どもに劣ることはないでしょう。

しかし、教師1人対集団になったらどうでしょうか。

子どもが本気で反抗しようとしたら子どもが4~5人でもなかなか難しいものがあります。

40人の子どもが教師に反旗を翻したらどうでしょうか。


幸い、聖ヶ丘小学校の教師は、皆様のご協力もあり、すべての教師が学級を掌握しています。


でも、その聖ヶ丘小学校の教師でも、親子の連合軍と対峙しなくてはならなくなった際には白旗を揚げざるを得ないのです。

教師がいくら子どもたちに「○○することが正しいことだよ」と言っても、親が「あの先生はだめね」とか「あんな先生の言うことを聞く必要なんてないわよ」「そうは言ってもあの先生はこういうだめなところがある」と話していたらどうでしょうか。

子どもは決して教師の言うことを聞かないでしょう。


私には、昔の先生より現在の先生が劣っているとは思えません。

それでも昔は学級崩壊なんて言う現象はあまり聞くことがありませんでしたが、今はよく耳にします。

昔は、教師の権威が、社会によって支えられていたのです。

子どもが、ぶつぶつ文句を言っても「おまえが悪い、先生の言うことは聞くものです」と親がぴしゃりと言ってくれたのです。

私は、聖ヶ丘小学校に着任したとき、教師と保護者と児童がそれぞれ敬意をはらう関係を築くことを方針としてきました。

現在それがとても有効に機能しているように思います。


新たなステージに到達した聖ヶ丘小学校では、保護者、地域、教職員の真の信頼関係の深まりを一層めざさなければなりません。

本当の信頼とは、教師が日々の教育実践を地道にがんばること、子どもたちや保護者の期待に真剣に応えることによって築かれます。

それが教師を身近な存在とし、教師の権威につながります。

ですから、教師による仮装や道化はもう必要ないと思うのです。

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